事業主の方に知っておいてほしい労災保険等の制度概要
1.労災保険
1-1.労災保険とは
事業主にとっては多額の補償義務が発生するなど、事業経営において大きなマイナスとなることは言うまでもありません。
労働災害が発生すると、労働者にとっては生活が不安定なものとなり、
このような事態を防止するため、政府が保険者となり労働災害の被災者に対して確実に必要な保険給付等を行う労働者災害補償保険(以下「労災保険」)制度が設けられました。
労災保険制度は、労働者災害補償保険法(労災保険法。以下「法」)に基づき、業務災害や通勤災害による負傷、疾病、障害、死亡等(以下「傷病等」)に対して保険給付(補償)を行う制度です(法1条)。
労働災害が発生した際に、この労災保険の給付がどのようなものか迷われる経営者・人事担当者の方も多くいらっしゃるかと思います。
1-2.労災保険の適用要件
⑴ 労災保険給付を受けるためには、①被災者が労働者であることを前提に、②傷病等の結果が発生していること、③その傷病等が(ⅰ)業務上(業務起因性)又は(ⅱ)通勤によるものであることに加えて、④給付の種類に応じた各要件を満たすことが必要となります。
⑵ 労災保険における「労働者」とは、正社員のみならず、パート、アルバイト、日雇いなど名称や職種の如何にかかわらず、事業又は事務所に使用されて賃金を支払われる者全てを意味します。
⑶ 労災保険は、業務等に起因する傷病等であれば、労災事故が被災労働者の過失によって発生した場合であっても、給付を受けることができます。
例外として、労働者が、①故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときや、②労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により、又は正当な理由がなくて療養に関する指示に従わないことにより、負傷、疾病、障害若しくは死亡若しくはこれらの原因となった事故を生じさせ、又は負傷、疾病若しくは障害の程度を増進させ、若しくはその回復を妨げたときは、給付を受けられないことがあります(法12条の2の2)。
⑷ 業務災害
ア 業務災害は、労働者の「業務上の事由による」(法1条)又は「業務上の」(法7条1項1号)傷病等をいい、業務と傷病等との間に一定の原因・結果の関係があったこと(業務起因性)が要件となっています。
ここでいう「業務」とは、事業の運営に関係する作業であって、労働者が労働契約の本旨に従って行う諸々の行動が含まれます。
イ そして、業務災害であるといえるためには、その前提として、被災労働者が使用者との間で労災保険給付の対象である労働関係にあること、すなわち、労働者が使用者の支配下にあることが必要となり、このことを「業務遂行性」といいます。
ウ まとめると、業務災害であると認定されるためには、業務遂行性+業務起因性があることが必要となります。
⑸ 通勤災害
通勤災害は、労働者の「通勤による」傷病等をいいます。
ここで「通勤による」とは、労働者が、就業に関して、住居と就業場所との往復・就業場所から他の就業場所への移動などを、合理的な経路及び方法により行うことをいいます。
1-3.労災保険の代表例
⑴ 療養補償給付
療養給付は、被災労働者の傷病等に対する治療関連費用(治療費、薬代、手術代など)が基本的に全額支給されます。
⑵ 休業補償給付
療養のため労働することができず賃金を受けられない場合に支給されます。
休業補償給付の額は、給付基礎日額(通常、算定事由が発生した日の直前3ヶ月間の賃金総支給額の日割り計算であり、「平均賃金」と呼ばれるものです。)の60%に、休業特別支給金として20%が加算され、合計で給付基礎日額の80%が支給されます。
休業特別支給金は、社会復帰促進等事業に基づく給付のため、使用者に対する損害賠償の民事上の請求が行われる場合に、損益相殺の対象とはならない点に留意が必要です。
⑶ 障害補償給付
傷病等の治療が終了し、症状固定状態に至ったものの、後遺障害が残った場合には、障害の程度に応じて、障害年金、障害一時金、障害特別年金、障害特別一時金ないし障害特別支給金が支給されます。障害の程度は、後遺障害の種類に応じて等級1級から14級に類別されており、後遺障害等級1~7級については障害年金が、8~14級については障害一時金が支給されます。
⑷ 傷病補償給付
療養開始して1年6ヶ月を経過した重篤な傷病等に対して支給されるものであり、①傷病が治癒(症状固定)に至っておらず、②その傷病の障害の程度が傷病等級の1~3級に該当することを要件として支給されるのが傷病給付です。
※①に関連し、既に症状固定に至っている場合は、上記③の障害給付を受けることになります。
支給内容としては、傷病等級に応じて、一時金として傷病特別支給金が支給される他、給付基礎日額及び算定基礎日額に応じて年金が支給されます。
この給付の特徴としては、労働基準監督署長の職権により支給される点にあり、被災労働者からの請求によって支給されるものではありません。
⑸ 介護補償給付
重篤な後遺障害が残り、被災労働者が常時・随時の介護が必要な状態になった場合、①障害年金又は傷病年金を受給する権利を有していること、②受給年金における認定等級が1級または2級であること、③現に介護を受けていることの要件を満たした場合に支給されるのが介護給付です。
ただし、被災労働者が身体障害者療養施設、特別養護老人ホーム等の一定の施設に入所している場合は適用されません。
⑹ 遺族補償給付
被災労働者が死亡した場合、そのご遺族に対して、遺族給付が支給されます。支給内容として、被災労働者との身分関係等に応じて、遺族年金または遺族一時金、遺族特別年金又は遺族特別一時金、遺族特別支給金が支給されます。
⑺ 葬祭料(葬祭給付)
被災労働者が死亡した場合、被災労働者の遺族(遺族が葬儀を行わないことが明らかで、事業主や友人等が葬儀を行った場合はその者)に対し、葬祭料が支給されます。葬祭料の額は、「給付基礎日額30日分に31万5000円を加えた額」と、「給付基礎日額の60日分の額」を比較して、いずれか高い方の金額であり、現実に要した葬儀費用の金額とは関係がないことに留意が必要です。
2.損害賠償責任
使用者に労働安全衛生法違反等があり、安全配慮義務違反や不法行為責任が発生する場合、労災保険給付を超える損害について、使用者には、民法上の損害賠償義務を負担することになります。この場合、使用者は、別途、被災労働者や遺族から、民法上の損害賠償請求を受ける可能性があります。なお、民事訴訟では、被災労働者側の過失相殺が認定され、損害額が減額される場合もあります。